私が影響を受けた芸術家は、
村上華岳やジャコメッティ、セザンヌなどである。
しかし最も身近で影響を受けた人物は河本豊末、私の祖父なのかもしれない。
祖父の最高傑作である「リモコンステッキ」について。
それはどこにでも売ってるような安物の木製ステッキだった。
それは祖父が晩年いつも座っていた椅子からテレビまでの距離と丁度同じ長さだった。
祖父は思いつき、そして制作に取りかかった。
ステッキの杖先に、
どこかで拾ってきたような先の尖った硬いゴムをくっつけた。
それはテレビ本体に付いているチャンネルボタンを押すのにすごく便利だった。
祖父はリモコンを使わない主義だ。
ここで最も重要な基本概念はこうだ。
目に見えない赤外線を飛ばして操作する仕組みよりも、
手で持つことができるステッキを使った実感を伴う仕組みを採用したことである。
そしてその仕組みは祖父の生活哲学において最も筋が通っているということ。
祖父自身にとって最も純粋な論理であること。
真のクラフトマンシップとはこういうことなんだと理解した。
無論、その「リモコンステッキ」は祖父以外の人間にとっては全く使い物にならないだろう。
部屋の広さによってはテレビまでの距離も人それぞれ違うし、
テレビ本体に付いているボタンが前面にあるとは限らない。
何よりもまず現代人は赤外線式リモコンを使うだろう。
しかし私はその共有できない独自の論理に触れたとき、
それを同じ視点に立って読み解けたときに何だかほんわかと感動する。
何かを作るとき、
作り手にとって一番純粋な論理に忠実に作ると、
それは他者にとってはわかりにくいものとなるのは当然である。
村上華岳の「密室の祈り」や、
ジャコメッティの「物の見え方」や、
セザンヌの「再構築」などは、
極めて独自の論理である。
それは彼らにとって一番わかりやすい実感を追求した結果生まれた法則だ。
自分にとって何が最も大切で何を最も愛しているのか。
自らの生活を見つめることが、独自の論理を生み出す秘けつであると言えるのかもしれない。
それは少し自己中心的ではあるかもしれないが、
不特定多数の他者に合わせる矛盾した論理よりもずっと説得力があると思う。
作り手はもっと我が儘に作ればよい。
そして他者の我が儘を理解し感動できる人はそこからさらに発展するだろう。
しかし実際は、自己に忠実であり続けることは意外に難しいし、
その自己の本質の実体は全くの空っぽで、結局は習性とか習慣の固まりに過ぎないのではないかと思うこともある。
「リモコンステッキ」はそういう意味で非常にわかりやすい創作の例である。
