何かになりたい人。
何者かになりたくてしょうがない人。
何者か、ちゃんと証明できるものが欲しい人。
いいかげん、そういう幻想捨て去って、
だってな、その何かであるようにみえる人だって、
結局何者でもない幻想の中で自分を何者かって思ってるんやから、
そんな幻想でしかない自分でない何者かになるよりも、
自分が何者かを知る方がシンプルやと思うし、楽や。
でも、何かになりたくてなりたくて、
そんな人達がうじゃうじゃいるようです。
やっぱり。
そういうとこで苦しんでいる人沢山いて、
僕には不思議に思えてしょうがないんやけど、
なんでやねん!!ってめちゃ思う。
やっぱりお前そのものがめちゃくちゃすっばらしいのに、
早くそれに気付けよ!ってめちゃ思う。
そのままでええねん。
今読んでる本にええこと書いてあったんやけど、
日本で一番最初の美術批評とされる言葉があって、
それは「よし」らしいねん。
「良し」や「善し」でもなく、「好し」らしいわ。
「(私にとって)好ましい」という意味で感じてたらしい。
推古天皇が言ってんて!
「日本書紀」の中で止利仏師が作った仏像見て、
「則合朕心(僕の心にぴったりくるで!)」と言ったと、記されているらしい。
だから、作品そのものの価値というよりは、
私とその対象の関係性を一番重要にしてる。
自分にとっての「好し」を見極める感覚を磨いた方が、
楽しいと思う。
幸せやと思う。
ワイはこの枕じゃないと眠られへんねん!感覚で、
ものを見ようじゃありませんか。
苦しまんでもええ。
Date: 05.01.23
